我が日常の裏・表

いろはす/芭蕉(Twitter:Irohasu1230)のTwitterに収まらない話

【LT】ヒトリエの軌跡をプレゼンする 前編(アンハッピーリフレイン~IKI)

 本記事は、学部時代にある授業で行ったブックトークのシナリオに加筆修正を加えたものです。

 ブックトークとは、複数の本を関連づけて構築した1つのシナリオに沿って紹介するプレゼン手法の1つであり、「本を紹介する」ことに関して言えばビブリオバトルとも並んで面白そうな取り組みです。

 ある授業でその”ブックトーク”をすることになり、当時数学書以外ロクに本を読んでいなかった私は、何を血迷ったかその授業の先生に「歌詞カードでブックトークしても良いですか?」と打診し、あろうことか許可を頂きました。そういうわけでヒトリエ及びwowakaのCDの歌詞カードを基にシナリオを作り、ブックトークを仕上げたのでした。

 

 

 皆様、この音を聴いたことがありますか?

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 思ったよりも覚えがある方が多いようですね、そうです。皆様に聴いていただいたのはボーカロイド楽曲の中でも屈指の名曲「ワールズエンド・ダンスホール」の冒頭です。この曲を作った人はご存知ですか?

 ……その通り、wowakaというアーティストです。私はこの方の曲が好きで好きでたまりません。皆様はこの方の曲を、他に何かご存知でしょうか?(アドリブ)

 唐突に始まったヲタクのプレゼンに困惑する方々のために、このwowakaというアーティストについて、少しご説明します。まずはこちらをお聴きください。

 

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 先程と比較するとこちらは聴いたことのある人が多いかもしれません。米津玄師さんの「Lemon」という曲です。石原さとみさん主演のドラマ「アンナチュラル」のエンディングテーマとして書き下ろされたこの曲は、2018年の紅白歌合戦でも扱われ、彼の名声を日本中に轟かせました。今となっては日本を代表するアーティストの一人に数えられる米津玄師ですが、彼の活動の原点はボーカロイドにあります。2009年5月、彼の活動は「ハチ」という名義でニコニコ動画ボーカロイドに歌わせたオリジナルの楽曲を投稿したところから始まります。

 ボーカロイドがじわじわと広まり始めた当時、ハチの曲はニコニコ動画の中でも特に人気を集めました。そして、彼とほぼ同時に活動を開始したwowakaもまた、ハチに並ぶ人気を集めていました。2008年から2010年のボーカロイドシーンを“wowakaとハチの時代”と呼ぶことも少なくありません。

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(2)シーンを席巻したwowakaとハチ - Real Sound|リアルサウンド

 

 そして2人とも2011年を一区切りにボーカロイドから離れ、ハチは米津玄師と本名を名乗り、wowakaはヒトリエというロックバンドを結成し、それぞれ自らの声で歌うことを選びます。

 

 今日はこの場をお借りして、wowakaがのこしてきた音楽作品と、それに付随する歌詞カードを基にブックトークをしていきたいと思います。自らの音楽をさいごまで追求したwowakaの、彼が主催するバンド・ヒトリエの進化とともに変わりゆく世界観に共に浸ることができれば幸いです。よろしくどうぞ。

 

 さて、Wowakaの作品の世界観に飛び込むうえで、外せない要素が幾つかあります。彼の世界観が最も密に表現されていると思しき部分が、こちらです。

 

当然、良いこともないし

さあ、思い切り吐き出そうか

 

「短い言葉で繋がる意味を

 顔も合わせずに毛嫌う理由を

 さがしても

 さがしても

 見つからないけど

 

 はにかみながら怒ったって

 目を伏せながら笑ったって

 そんなの、どうせ、つまらないわ!」

 

ホップ・ステップで踊ろうか

世界の隅っこでワン・ツー

ちょっとクラッとしそうになる終末感を楽しんで

 

パッとフラッと消えちゃいそな

次の瞬間を残そうか

くるくるくるくるり 回る世界に酔う

 

 最初にお聴きいただいた、「ワールズエンド・ダンスホール」の1番のBメロからサビにかけての部分です。

 wowakaの歌詞の世界観を語る上で外せない要素、それは、“少女”であることと、“踊る”こと、この2点であると私は考えます。活動初期のwowakaは、自らの主張するところを、楽曲ごとに主人公とする女の子を設定して、その少女に自分の言葉を乗せるようにして表現していました。

 

www.webdice.jp

tower.jp

 

 そして、彼の鬱屈した感情をぶつけた表現こそが、“踊る”です。この“踊る”要素は歌詞、タイトルに直接現れることもあれば、韻を踏んだり各種楽器のフレーズを工夫したりすることで音楽的な表現としても頻繁に顔を出します。事実、聴いていると自然と体が動きませんか?

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 さて、もう1回聴いていただきましたが、そもそも“ボカロっぽい”感じで歌が聴き取りにくかった部分があるかもしれません、とはいえこれもまたwowakaの作品を語る上で外せない要素です。そもそも、一般的に“ボカロっぽさ”という要素の発端はwowakaにあり、我々は“wowakaっぽさ”と呼ぶべき部分に“ボカロっぽさ”というレッテルを貼って消費している側面があります。そして、米津玄師とともにwowakaがボーカロイド界隈を去った2011年、そこには彼のような”速くて、高くて、ノレる“そういう曲が溢れかえっていました。当時のことを、wowakaは次のように振り返っています。

「”wowakaらしい“を”ボカロらしい“に置き換えて消費されていく感覚、
界隈全体、ともすると無責任な外野からも、自分をネガティブに奪われていく感覚があって、
まあとにかくガツンと落ちたしダメージを食らってたんです。
そういういろんなタイミングが重なりに重なって、半年くらい泥人間になってて。」

 

 その半年に亘る泥の期間を経て、wowakaは自らと同じインターネットの音楽シーンで活躍していたメンバーを集め、自分の言葉で歌う場所としてロックバンドを結成します。そのバンドで最初に作った曲がこちら、「カラノワレモノ」です。

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しょうもない言葉、ばかりだ
ふわり 女の子が浮いている。
想像はただ遠くへ 張りのない暮らしの中

 自らの声で歌うことを選んだ最初の曲の歌い始めがこれです。彼の精神状態を推し量るには十分でしょう。その感情はサビでこのように爆発します。

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泣きたいな 歌いたいなあ

僕に気付いてくれないか?

掴みかけた淡い情も、それは、転げ落ちた今日だ

 

咲きたいな 笑いたいなあ

まずは、覚えたての理想で 遠く、遠くまで

 

 wowakaが結成したそのバンドは、やがて「ヒトリエ」に名前を変え、数年に亘る下積みの期間を経て、2014年の初頭、この曲を引っ提げてメジャーデビューを果たします。

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 「ワールズエンド・ダンスホール」の発表から4年が経ち、自分の声を選び、ロックバンドを結成したwowakaですが、彼の音楽の世界観を語る上で外せないものとして紹介した、“少女”であること、“踊る”ことというこの2点は、同時期に発表したこの曲に、とりわけ強く残っています。

 

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 聴き取りづらいのはボカロ譲りな面もあるかもしれませんが、“少女”や“踊る”といった要素がそっくりそのまま表れています。ファンとしてはwowakaがバンドを組んで自分の声で歌い始めたことは大きな変化に見えるわけですが、当のwowaka本人からすると、表現する媒体とフィールドが変化しただけで、曲を作る際の根本的な流儀は変わっていなかったはずです。生まれてくる曲に“少女”の側面や“踊る”要素を見出せるのは必然的なことでしょう。

 

 さて、メジャーデビューを果たし、順風満帆にも見えるヒトリエの活動ですが、ここで1つピンチが訪れます。wowakaがスランプに陥ってしまいます。

 wowakaの内面にある有象無象について、楽曲を象徴するように“少女”を設定して歌わせる、という彼の楽曲を作るメソッドに綻びが生まれ始めました。

 ボーカロイドプロデューサーとメジャーで活動するロックバンドの最大の違いは、そのファンと接する機会にあると私は思います。ボーカロイドプロデューサーは個人で音楽を制作し、即売会でファンに作品を手渡しすることがメインになりますが、ロックバンドとなると、制作したCDは店頭に並べられることが多く、ファンに直接手渡しする機会は減ります。ただ、その分ライブをするようになります。製作者とファンの関係性に、演者と観客という新しい関係性が付与されるわけです。家に帰って聴くものだった音楽がその場で演奏されるものになり、CDを手渡しする瞬間の言葉のやり取りがMCに姿を変えていきます。演奏中でも、観客の反応を通じて非言語的なやり取りが発生します。

 こうした変化に伴い、彼の内面が、楽曲ごとに設定する少女を突き破って表に出てくるようになってきました。言い換えると、彼が生み出す楽曲に彼そのものが現れるようになってきたというわけです。

www.jungle.ne.jp

以前までは“あたし”一辺倒だったのですが、この頃の曲から歌詞に“僕”が登場することが増えてきます。このスランプを象徴する曲が、こちらでしょうか。

 

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 さて、どうにかこうにかアルバム「Wonder and Wonder」をリリースした後、ヒトリエは初めての全国ワンマンツアーに乗り出します。ちょうどメジャーデビューから1年が経とうとしていた頃の話(2014年末)です。

 それからのwowakaは絶好調で、ツアーの後、約2年の間にミニアルバムを1枚、シングルを2枚、フルアルバムを2枚、この順番で立て続けにリリースします。途中東名阪ツアーを1回、全国ツアーを1回挟みます。スランプ期の分の揺り戻しもあり、一度自分自身に押されかけた“少女”の意味合いや“踊る”ニュアンスが色濃く反映された楽曲が次々に産まれてきました。「カラノワレモノ」から「インパーフェクション」に至るまでを第1期とするならば、この2年間が第2期に相当します。第2期はこの曲から幕を開けました。

 

www.youtube.com

 

  やかましい部屋の中

  「あたしの帰りを1人で待ってる?」

 

  何でもかんでも

  つまらないことばかり を繰り返した

  言葉の中に収まらない理想も全部さ

  どうにかなってしまいそうで

  どうにかなってしまいそうだ

 

  好きも嫌いも認めるよ

 

  今すぐそう 今すぐそう

  舞台に立って 笑って泣いて

  踊っていいよ 踊っていいよ

  止まることなど出来ないわ

 

  忘れた夢の中 ひとりきりだって

  踊っていいよ 踊っていいよ

 

 Bメロで加速してサビで軽快に踊るこの感覚、どこか聞き覚えがありませんか? 本ブックトークの1曲目に扱った「ワールズエンド・ダンスホール」が思い出されますね。この曲は2015年にリリースされた「トーキーダンス」という曲です。

 スランプを経て、wowakaの歌詞の作り方に変化が生まれたのは先述した通りですが、件のスランプ期は作品制作においてそれ以上の変化をヒトリエにもたらしていました。当初、ヒトリエはwowakaが自分の音楽を表現するために結成したバンドでした。ゆーまお、イガラシ、シノダの3人はwowakaの作る曲を演奏するために集められたバンドメンバーに過ぎませんでした。

 しかし、スランプを通じて、wowakaとメンバー3人の関係性にも変化が生まれていました。楽曲制作において、3人のアイデアがwowakaの考えだした原案により強く反映されるようになってきたのです。4人のアイデアの集合体として作られるようになってきたとも言い換えられます。 

 

skream.jp

 

 その観点からすると、この「トーキーダンス」は、wowaka最大のヒット曲である「ワールズエンド・ダンスホール」をヒトリエ用に再構築した曲であると捉えることもできるのではないでしょうか。「トーキーダンス」を皮切りに、ヒトリエの表現の幅は急速な広がりを見せていったように思います。これこそが絶好調の本質ではないかと。

 

絶好調の季節、とも形容するべきヒトリエの第2期ですが、この時期にはフルアルバムが2枚リリースされました。2016年の2月に1枚目が、12月に2枚目がリリースされました。「深化」、「開放」という対立するテーマを掲げた、通して聴いた印象が正反対な2作品です。しかし、断片的に取り上げていくのであれば、これら2作品を通じてwowakaとヒトリエがこれまで取り上げてきた曲にはない表現をいくつも獲得してきたことが伺えます。今回は皆様に4曲ご紹介します。「深化」をテーマにした2ndアルバム「DEEPER」から「シャッタードール」と「フユノ」、「開放感」の溢れる曲が並んだ3rdアルバム「IKI」から「リトルクライベイビー」と「目眩」の4曲です。

 

まずは「シャッタードール」です。この曲はこれまで流してきた曲たちと比較するとテンポが1段落ちますが、中毒性が高いのが特徴です。当時から言われていたことなのですが、先行してリリースされた「モノクロノ・エントランス」は、ギターの成長が大きく取りざたされましたが、こちらはベースの成長が目立ちます。

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続いてお聴きいただくのは、「フユノ」です。これまでのヒトリエの曲といえばギター2本とリズム隊という編成を忠実に活かしてきましたが、この曲は正真正銘のピアノバラードです。雪原を踊る2人の少女の情景が目に浮かぶ、とても綺麗な曲ではないでしょうか。

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 美しい曲です。この曲はライブで演奏される際はwowakaさんが生でピアノを弾きながら歌っていました。ヒトリエのライブの幅を広げたという意味でも革命的な曲と言えるでしょう。

 さて、先程お聴きいただいた2曲、それから「トーキーダンス」を収録した2ndアルバム「DEEPER」の発売後、ヒトリエは2度目の全国ツアーに乗り出します。その最終公演は、日本最大級のライブハウスの一つに数えられる新木場・STUDIO COASTでした。ヒトリエのメジャーデビュー前、wowakaはこのSTUDIO COASTでの公演が念願であるとも語っていました。

twisave.com

 

 その念願の地での最終公演にて、wowakaは、初めて楽曲制作やライブを楽しむ境地に辿り着きます。少女に仮託することをせず、ただ己の真ん中にある感情を表現することへの抵抗を捨て、真に自分をさらけ出すことができるようになったのでした。その喜びと共に溢れ出した言葉が、2016年2枚目のフルアルバム「IKI」の制作へ、wowaka、ヒトリエを駆り立てていきました。

meetia.net

 さて、それでは「IKI」から1曲目、「リトルクライベイビー」です。

 

 これまでの切り詰めた空気感とは違う、突き抜けるような疾走感が素晴らしいですよね。「IKI」の制作の終盤に天啓の如く半日で書き上げられたこの曲は、ヒトリエらしさの幅を大きく広げました。実際、これまでこれほど煌めくような明るい曲があったでしょうか。そして歌詞に注目すると、もう“少女”というある種のフィルターを介することなく、“僕”の言葉としてストレートな言葉が歌詞に並んでいます。因みに、Wowakaの曲では私はこれが1番好きです。

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 最後にお聴きいただく「目眩」は、エモさで言えばダントツです。第2期を通じて自分の言葉として楽曲を制作する境地に辿り着いたwowakaの、その到達点で並べられた歌詞から、これまでの葛藤とその先への決意が滲み出ています。

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 「変わらぬまま行こう/未だ知らない場所へと向かおう」という表現が、どこかファンとの約束めいていて私は好きです。さて、「IKI」が発売されたのは2016年の末でした。2017年のヒトリエは、果たしてどこに向かったのでしょうか。その答えが、こちらです。~後編に続く~